元動物実験犬のしょうゆちゃんのお話(2)

元動物実験犬だったしょうゆちゃんの連載2回目です。

1回目はこちら

動物と人間、ペットと人間

本来動物は野生の生き物で、違う世界・ルールの中で生活をしていますが、ペットとなると人とのふれあいで信頼や愛情の絆を築き、お互い温かい関係を持てるのです。

しょうゆちゃんも、学生さんの所に来るまでの10年間誰かに褒められたり叱られたりしたことがなかったので、うれしい楽しいという感情が分からなかったそうです。今では家族の愛情によって褒められる喜びを知って楽しんでいるようです。

人間快適な暮らしの犠牲になっている動物たち

今、私たちの日常にある商品の中で、身体に触れる機会がある化粧品や医薬品の陰には必ずと言っていいほど動物たちの犠牲があります。動物たちの犠牲に上で、人間は快適な暮らしができていると言っても過言ではありません。

そして、実験で使い終わった動物たちの安楽死。

「安楽死」という言葉を動物に使うことへ疑問を投げかけている方もいます。「安楽死」というのは、そもそも痛みの辛さゆえに自分の意思で死を選ぶことであり、また本人の希望があったとしても容認するまでの条件などは相当難しく、一歩間違えると違法行為にもつながり、とても慎重な判断を必要とします。
一方、動物は自分の意思を伝えることができません。ですから安楽死ではなく「安楽殺」ではないか、と。
とても考えさせられる言葉です。

知られていない動物実験の種類と数

今動物実験の目的のために飼われている犬やウサギ、マウスなどは高齢になると安楽殺されますが、その動物の種類、数すら誰も把握していません。必要がないからです。

一方で、もし誰かが動物の目に薬品を投与やお腹を開いたりしたら、それは大きなニュースになります。ですが、新しい化粧品のため、新しい目薬のためという名目があるとそれは容認されます。「そんなの当たり前でしょう!」という意見が感覚を麻痺させているのかもしれません。彼らは誰にも守ってもらえません。

人間での治験・実験もありますが、動物実験での安全性を経て行われます。仮にそこで失敗や命を落とした場合はニュースになり、大きな話題になるのではないでしょうか。(「治験・死亡」などで検索すると出てきます)

同じ生き物で優劣がつけられる、これが現実です。

まとめ

最近では医療の進歩や動物愛護への関心から、動物実験に代わる代替え方法に移行している企業も出てきているようです。そんな中、私たちにできることって何でしょうか。それは関心を持つことです。事実を知るということは何より大切なことだと思います。

この記事を通して初めて動物実験を知った方にとっては驚く内容だったかもしれません。それでも実験に使われている子たちにとって存在自体知られないでいるより、知ってもらえたということは、ずっと意味がある事だと思います。「動物実験」と検索すればたくさんの記事が出てきます。そうした記事の中には、動物実験をしていない化粧品や薬の銘柄、メーカー名などを知ることができます。

このような記事を通して、動物実験を全て否定するのではなく、まずは尊い命の上に成り立つ人間社会に感謝をしつつ、少しでも社会を変えることができるのではないか、何か出来ることはないか、と私たちがそれぞれできることを考える機会となっていただければ嬉しいです。

avatar
  メールで受信  
最新 古い順
通知する
trackback
元動物実験犬のしょうゆちゃんのお話(1) - きゅーぺっつ

[…] (つづく) […]

きゅーぺっつのおすすめ記事をよむ

人気記事ランキング

一番上へスクロールするボタンを有効または無効にする